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2021年06月23日

アウトドアを産業から文化へ

 ものを食べるときに、はしを使う文化圏とナイフやフォークを使う文化圏の人口はほぼ同じで、それぞれ世界人口の約30%の23億人前後という。
はしは中国などアジア地域で使われており、ナイフやフォークは欧州や南北アメリカで使われている。
はしとナイフ、フォークを合わせると約60%。残りの40%、約32億人は手で直接、食べ物を取って口に運んでいる。中近東やアフリカ、オセアニアなどの人々で、ヒンズー教やイスラム教の影響もあるという。食べ物は神から与えられた神聖なものであり、触れるのは清浄な右手だけといった考え方らしい。

日本もはし食文化圏の一員だが、日本人ははし、フォーク、スプーンなどさまざまな食器を器用に使い分けている。
同じめん類でもパスタを食べるときはフォーク、焼きそばやラーメンならはし、ごはん類の場合はカレーライスやオムライスのときはスプーン、チャーハンのときはレンゲ、卵かけごはんや炊き込みごはんならはしを使う。
牛丼の場合などは普通盛りならはし、つゆだく大盛りの場合はスプーンでかきこむといった具合に使い分ける人もいる。

洋食器といえば燕市。
明治44年に東京・銀座の洋食器店から受注して以来、国内市場はもとより、世界各国に輸出し、日本を代表する金属洋食器産地として発展してきた。
ただ洋食器を作っているからといって、社員やその家族が常に洋食器を使っていたわけではない。
昭和世代の友人は、父親が洋食器メーカーに務めていたのに、自宅でははしでハンバーグを食べていた。
学校給食でもナイフやフォークではなく、先割れスプーンを使っていた。
洋食器は燕の産業として定着したが、生活文化にまで浸透したわけではなかった。

三条、燕両産地はいまアウトドア用品の聖地となりつつある。
 日本を代表するメーカーがいくつもあるからだが、産業だけとどまるのか、地域の人たちが普段からバーベキューやオートキャンプなどのアウトドアを楽しむ生活文化となるのか。
 地域の文化となってこそ、産業としてもさらに深化していくように思う。

2021年06月03日

県央基幹病院の運営は済生会!

令和五年度開院予定の県央基幹病院は、社会福祉法人「恩賜財団済生会支部新潟県済生会」が運営することが内定した。
県は県央基幹病院の運営を公設民営方式とし、委託先の指定管理者を公募。4月26日の締め切りまでに新潟県済生会が応募した。
応募が1団体だけだったことからルールに従って公募期間を5月14日まで延長したが、他に応募はなく、5月26日に開いた県央基幹病院指定管理者審査委員会(委員長・堂前洋一郎新潟県医師会長)で新潟県済生会を委託先とする案を決めた。
県は15日開会の6月定例会に提案、最終日の7月5日に議会の議決を得て正式決定する。

済生会は明治44年、明治天皇の「救療再生」の勅語と御下賜金によって設立された日本最大の社会福祉法人。全国82の病院と29の介護老人保健施設、53の特別養護老人ホームを運営している。
現在の総裁は秋篠宮皇嗣殿下。
新潟県済生会は新潟市西区で新潟病院、三条市大野畑で三条病院を運営している。
新潟病院は28の診療科目と425の病床を持ち、医師85人を含む800人余のスタッフがいる。

済生会には全国組織のスケールメリットがあるうえ、新潟県済生会は県内で2つの病院を運営しており、新潟病院で救急医療の実績も重ねている。
立地的にも急性期患者は県央基幹病院、慢性期となった後は三条病院といった役割分担に加え、新潟病院とも連携しやすいことなどが評価された。
「断らない救急」をはじめ、地域医療との連携、医療スタッフが集まる魅力的ないわゆるマグネットホスピタル、高齢社会に対応した地域に貢献する病院などの実現に向け、県央基幹病院は頼もしい指定管理者を得ることになった。

済生会三条病院は、中小零細企業のまち三条の市民の命と健康を守るためにと昭和9年ごろから当時の渡辺常世三条市長が誘致に努め、篤志家の斎藤権八氏が三条市一ノ町の所有地と多額の資金を寄付したことなどによって昭和18年に開院した。
先人たちの熱意が県央基幹病院に結びつくことになった。