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疑念を招くような

 「国民の疑念を招くような会食や会合に応じたことはございません」
 と国会で言い続けてきた武田良太総務相。
 「疑念を抱くかどうかは別として会食や会合には出席したのか」
 と問われても、直接答えずに
 「国民の疑念を招くような…」と同じ答弁を繰り返してきた。
 少なくとも20回以上、同じことを言った。
 東北新社やNTTの接待を受けた総務官僚たちを処分しておきながら、
 「実は自分も会食していました」
 では格好がつかないと思ったのだろうか。
 週刊文春が昨年11月に総務相と沢田純NTT社長などが皇居近くの日本料理店で会食していたと報じると、総務相はようやく同席したことを認めた。
 「ビール2、3杯を頂いて退席した。費用として1万円を支払った」
という。
 官僚と違って「記憶にない」ことはなく、鮮明に覚えていたようだ。

 仮に東京電力が
 「新潟県民の疑念を招くような重大な管理ミスをしたことはございません」
 と釈明したとしても、テロ対策設備が機能不全だったことなどに対する県民の不信感が消えることはない。
 同じように
 「税務署の疑念を招くような交際費や会議費を計上したことはございません」
 と説明したからといって、税務署が申告通りに交際費や会議費を経費として認めてくれるとも限らない。
 「職場の同僚たちの疑念を招くようなせきや発熱ではございません」
 と説明しても、上司や同僚たちは新型コロナウイルス感染症ではないかと疑うかもしれない。
 「地元のみなさんの疑念を招くような山歩きではございません」
 と言ったからといって、山林所有者が背中のかごの山菜を見逃してくれるわけでもない。
 「警察官の疑念を招くような運転をしたことはございません」
 「妻の疑念を招くような相手と飲んでいたわけではございません」
 「夫の疑念を招くような同窓会の三次会だったわけではございません」
 と言ったからといって、すべて許されるわけではない。

 なぜなら疑念を抱くかどうかは相手が決めることだからだ。
 「国民の疑念を招く」かどうかを決めるのは国民であって、総務相ではない。
 そんなことも分からないのだろうか。

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