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カタカナ言葉感染症

 なんでもかんでも輸入すればいいというものではない。
 最たるものが新型コロナウイルスだが、この病原体は病気だけでなく、カタカナ言葉も日本に広めている。

 代表的なのが「クラスター」。本来は集団という意味だが、新型コロナウイルス騒動が始まって以降、日本では「感染者の集団」という限定的な意味で広まっている。
 あえて英語を使わなくても日本語で「感染者集団」と言えばいいのに、厚生労働省は率先して「クラスターが次のクラスターを生み出すことを防ぐことが極めて重要」などとカタカナ言葉を使っている。

 「パンデミックス」も同様。
 「世界的流行」なら五文字で済むのに、わざわざ七文字もカタカナを並べている。日本語を大切にしなければならないはずの公共放送NHKも「パンデミックス」「コールセンター」「オーバーシュート」といったカタカナ言葉を多用している。
 安倍晋三首相まで「これまで実施してきた水際対策などのフェーズをもう一段引き上げる」。
 「段階」や「局面」という日本語を使うより「フェーズ」と言った方がカッコいいと思っているのだろうか。
 「美しい国日本」を訴えながら、実は日本語より外来語の方が好きなのだろうか。

 戦国時代に初めて西洋文明に接した日本人は驚いてポルトガル語の「カステラ」や「パン」、オランダ語の「アルコール」や「ランプ」「ランドセル」などをそのまま使った。
 明治時代の人たちは言葉の意味や概念を熟慮し、新しい訳語を創り出した。
 福沢諭吉は「ソサエティー」を「人倫交際」や「仲間連中」と訳し、後に「社会」で定着した。「スピーチ」を「講演」と訳すことに苦心したエピソードも残っている。
 この時代に「リバティ」から「自由」、「キャラクター」から「品性」、「パーソン」から「人格」、「ネイチャー」から「自然」という日本語が生まれた。
 「アート」から「芸術」という言葉が生まれたことで技芸でも職人でもない、芸術や芸術家が認められるようになった。現代の日本は明治時代を飛び越え、ただ驚いて受け入れるばかりの戦国時代まで戻ったかのようにカタカナ言葉が氾濫している。

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