ホンコンバッタ
「ある日、南の空に小さい雲が現れた。それは最初、地平線に、ささやかな霞のようにかかっていたが、風に吹きただよう雲とは違って、しばらく動かずにいた後、やがて扇形にひろがってきた。村人たちはそれを見守っては語りあい、恐怖に襲われた」
パール・バックの小説『大地』(新居格訳・新潮文庫版)にある、中国・清朝時代の貧しい農村がトノサマバッタの大群に襲われる場面だ。
農民たちは必死で戦い、何百万匹ものバッタを殺したが、数億匹規模で来襲した大群の前では微々たる抵抗でしかない。バッタたちは大切な農作物をすっかり食べ尽くしてしまった。
バッタの大群の規模は想像を絶する。米国では幅160㎞、長さ500㎞という北海道の面積に匹敵するほどの大群が確認されている。
バッタは普段はおとなしいが、干ばつなどが起き、少ないエサを求めて狭い範囲に密集すると、体つきや性格がガラリと変わる。
体の色は濃くなり、ハネは長く、足は短くなる。
性質は狂暴化し、イネや畑作物だけでなく紙や綿など植物由来のものはなんでも食べるようになる。
これを群生相というそうだ。
普段、バッタは一匹ずつ離れて生活している。群生相になると密集し、集団で行動する。もともと高い飛翔能力はさらにアップし、長距離を飛べるようになる。
バッタの大群の被害はまさに災害レベル。これほど大きな被害をもたらす害虫は他にいない。
香港で大規模デモが続いている。3月に始まり、すでに8か月間、続いている。
最初は逃亡犯条例の改正に反対する抗議行動だった。
それがデモ参加者の逮捕撤回、デモの暴動認定撤回、香港警察の過剰な暴力を調査する独立調査委員会の設置、さらには普通選挙の実施を求める政治運動に発展した。
香港の若者たちは普段は青春を謳歌している。
中国政府の露骨な干渉や介入によって民主主義の危機を感じ取り、デモ行進に参加した。
バッタが密集することで群生相となるように、香港の若者たちは密着してデモ行進することによって急速に政治意識を高め、香港民主化のために戦う闘士となった。
彼らが食べ尽くそうとしているのは農作物ではない。
問答無用で住民の意思を踏みつぶそうとする独裁主義だ。