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幻の県立つばめ武道館

 県立武道館が完成、12月に開館する。
 上越、燕、新潟、南魚沼、加茂の5市が誘致合戦を繰り広げた結果、上越が勝ち取った施設だ。
 建設場所は上越総合運動公園内。規模は鉄骨鉄筋コンクリート造り2階建て延べ床約13000㎡で、約90億円を投じての完成となる。
 愛称は上杉謙信の地元とあって「謙信公武道館」。
 柔道でも、剣道でも8面を確保できる大道場には固定席1020席と車いす54席の観客席が備え付けてある。
 1階には、ほかに12人立の近的弓道場、6人立ち遠的弓道場もある。
 2階には柔道3面の畳敷き小道場、剣道2面の板張り小道場、相撲場、トレーニングルーム、医務室、研修室、更衣室などがある。
 300台分の駐車スペースも確保。新潟初の県立武道場は、北信越最大の武道場となる。


 「これが燕市にできていたらなぁ」と残念がる県央の関係者は多い。
 燕市は平成23年から誘致活動に取り組んできた。21年のトキめき新潟国体では燕市が空手の会場となり、地元選手が大活躍した。燕中学校女子剣道部も3度目の全国制覇を達成するなど「武道の燕」をアピール。燕三条駅や三条燕インターもあって全国大会なども開きやすい立地であること、建設用地候補として燕工業高校跡地が確保されていることなども強調。23年には2万人余の署名簿を持って燕市関係者が、24年には3万人余の署名簿を持って燕、三条、弥彦の3市村関係者が泉田裕彦知事に陳情するなどして、誘致に努めた。


 県は検討会議を設置して建設予定地を検討。日常利用、大会誘致、交通アクセス、整備費、維持管理費などを検討した結果、25年12月に上越市に建設することを決めた。
 「武道の選手育成に力を入れており、隣県との交通アクセスも良い」といった理由だった。


 当時の上越市の人口は20万人。燕市は8万人。三条市と合併して同規模の18万人になっていたら結果は違っていたかもしれない。せめて加茂市が単独で手を挙げず、県央の5市町村が一体となって誘致に取り組んでいれば、とも思う。県央は武道館誘致合戦で負けた分を取り返さなければならない。リベンジマッチ。まずは県央基幹病院だ。

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