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線香花火

 義理の母の法事に出た。
 読経や焼香を終えると70代の住職が線香花火の話をしてくれた。
 近年、線香花火はコスト面から中国産が主流となっているが、日本で生まれ育った日本的な美意識にあふれているのだという。
 外国の花火は色や勢いは派手でも、最初から最後まで一本調子が多い。線香花火には着火から終わりまでに四つの状態がある。
 点火すると、火薬はこれから先のエネルギーの放出に備えてブルブルと小刻みに震えながら赤く、丸い火の玉を作り、それを徐々に大きくして力を蓄えていく。この状態を「つぼみ」と呼ぶそうだ。
 ある程度の時間をかけて静かに準備を整えると、短めの火花をバチッ、バチッと力強く飛ばし始める。火花が四方八方に飛び始めた状態を「牡丹」という。
 やがて火花は勢いを増し、飛び出す間隔も短くなる。三つ、四つに割れた長めの火花がババババッとあちこちに飛び散る状態が「松葉」。
 大量のエネルギーを使った後は火花も短くなり、飛び散り方もパッ、パッと間隔が開く。この状態が「散り菊」。
 最後は小さくなった火の玉がポトリと落ち、あるいは落ちないまま熱を失い、0.08gの火薬によるショーは幕を閉じる。

 物理学者で随筆家だった寺田寅彦も「線香花火の一本の燃え方には、『序破急』があり『起承転結』があり、詩があり音楽がある」と書いている。
 住職は「なんだか人生のようでしょう。生まれてから子どものころまでは人生の準備期間のような『つぼみ』、青春時代は元気で華やかな『牡丹』、仕事や家庭などで力を発揮する実年世代が『松葉』、そして老年期が『散り菊』。ただ線香花火の火の玉がいつ落ちるのかは分かりません。『つぼみ』で落ちることもあれば、『牡丹』で落ちることもある。風が吹いて落ちることもあれば、隣の人とぶつかった腕が揺れて落ちることもあります。因果は予測できません。諸行無常です」と説いた。
 仏教用語の因果や諸行無常の深い意味までは理解できなかったが、線香花火からいろいろな人生があることは感じた。
 通夜式などでは退屈な法話もあるが、僧侶としっかり向き合って聴く法話はやはりありがたいものだった。

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