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カタツムリとナメクジ

 カタツムリとナメクジ。
 殻があるか、ないかの違いでしかないのに、若い女性の反応は全く異なる。
 カタツムリだと「かわいい~」、
 ナメクジだと「やだ、気持ち悪い」。
 ナメクジがかわいそうだ。
 清少納言まで「いみじうきたなき物、なめくぢ」と『枕草子』に書いている。ナメクジは平安時代から嫌われてきたのに、殻を背負ったカタツムリは「朝やけがよろこばしいか蝸牛」と小林一茶の句に詠まれ、「でんでんむしむし~」と文部省唱歌にまでなった。
 まるでカタツムリがイケメンなら、ナメクジは不細工な中年おやじ。どちらにシンパシーを感じるかといえば圧倒的にナメクジだ。
 若い女性から「きもい」「きたない」と言われている者同士、手を取り合って頑張って生きていきたい。
 ナメクジの手がどこにあるのか知らないが。

 同じ軟体動物門復足網の生き物でありながら、なぜカタツムリはかわいくて、ナメクジは「きもい」のか。

 「服を着たおっさんと、服を着ていないおっさんの違いみたいなものだ」と若者は言うかもしれない。たしかに服を着ていないおっさんは見たくない。
 ただ、生物学的にはナメクジが殻を背負ってカタツムリになったのではなく、カタツムリが殻を捨ててナメクジになったとされている。二億年ほど前のことだ。ナメクジはカタツムリの進化系なのだ。
 なぜナメクジは殻を捨てたのか。
 カタツムリの殻はヤドカリのように、どこかから拾ってきたものではない。生まれたときからついている体の一部だ。
 殻には外敵や乾燥などから体を守ってくれるというメリットがあるが、殻を作り、体の大きさに合わせて維持し続けるためには相当の栄養分を費やさなければならないというデメリットもある。
 ナメクジは重くて邪魔な殻なんかのために貴重な栄養を使いたくない、外敵の攻撃に弱くなっても、湿っぽい場所でしか活動できなくなってもいいから、少ない栄養でも生きていけるように殻を捨てたのだ。
 マイホームのローン返済のため一生懸命に働き続けているのがカタツムリ、家はないけど借金もない自由な生活を選んだのがナメクジというわけだ。
 ナメクジがうらやましくなってきた。

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