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2019年07月27日

ニコ二胡ニコ

 二胡(にこ)は、2本の弦を弓で弾く中国の伝統的な弦楽器だ。
 原型は唐の時代からあり、共鳴箱となる胴にはニシキヘビの皮、弓には馬の尾毛が使われている。
 中国・上海出身で日本の共立女子大を卒業した二胡奏者チェンミンさんが先日、三条市の真宗大谷派三条別院(東別院)本堂でコンサートを開いた。1曲目は二胡の独奏。2曲目からはギターとアコーディオンも加わってトリオで全15曲を演奏した。
本堂の戸を開け放ち、扇風機を回しながら夕方スタートのライブ。外が明るいうちは救急車やオートバイなどが走る音が聞こえたが、暗くなるに連れて本堂ならではの厳かな静けさの中での演奏となった。

 二胡は弦が2本しかないのに音域は広い。3オクターブを軽く超える。
 音色も豊かで、ときには太く、本堂の柱も揺らしかねないように響き、ときには繊細で華麗な、澄み切った高音を鳴らした。
 二胡という楽器が素晴らしいのか、チェンミンさんだからこれほど表情豊かな演奏になるのか。
 人間の声とはまったく違う音なのに、人が歌っているようにも聴こえる。京劇の滑稽役のようなコミカルな話し方もあるが、圧巻は『風林火山~異郷情』のようなドラマチックな展開の曲だ。
 壮大な情景を描き出し、英雄たちの激情を表すように朗々と歌い上げる。
 ギターとアコーディオンとのトリオでこの迫力なのだから、ピアノやオーケストラと組んだら、どれほどのスケールになるのだろう。

 本堂の畳に座ったり、低い椅子に腰かけて聴いているのだから、二時間にわたって同じ体勢を保つのはきつい。
 足はしびれ、尻も痛くなる。
 隣の年配の女性たちは足を伸ばしながら
 「これ、何という曲だったっけ?」
 「『花の首飾り』らて」などと話している。
 「チェンミンさんて何歳らろっかね」
 「五十歳ぐらいじゃないの?」
 「なにね~!三十歳ぐらいに見えるねかて!」といった声も聞こえてくる。演奏中に。
 雑談は演奏の合間に済ませ、演奏中は静かにしてほしかったが、足も痛いし、場内は暑い。
 クラシックのように静かに聴く環境ではなかったのだろう。
 次はコンサートホールで聴いてみたい。

2019年07月05日

カタツムリとナメクジ

 カタツムリとナメクジ。
 殻があるか、ないかの違いでしかないのに、若い女性の反応は全く異なる。
 カタツムリだと「かわいい~」、
 ナメクジだと「やだ、気持ち悪い」。
 ナメクジがかわいそうだ。
 清少納言まで「いみじうきたなき物、なめくぢ」と『枕草子』に書いている。ナメクジは平安時代から嫌われてきたのに、殻を背負ったカタツムリは「朝やけがよろこばしいか蝸牛」と小林一茶の句に詠まれ、「でんでんむしむし~」と文部省唱歌にまでなった。
 まるでカタツムリがイケメンなら、ナメクジは不細工な中年おやじ。どちらにシンパシーを感じるかといえば圧倒的にナメクジだ。
 若い女性から「きもい」「きたない」と言われている者同士、手を取り合って頑張って生きていきたい。
 ナメクジの手がどこにあるのか知らないが。

 同じ軟体動物門復足網の生き物でありながら、なぜカタツムリはかわいくて、ナメクジは「きもい」のか。

 「服を着たおっさんと、服を着ていないおっさんの違いみたいなものだ」と若者は言うかもしれない。たしかに服を着ていないおっさんは見たくない。
 ただ、生物学的にはナメクジが殻を背負ってカタツムリになったのではなく、カタツムリが殻を捨ててナメクジになったとされている。二億年ほど前のことだ。ナメクジはカタツムリの進化系なのだ。
 なぜナメクジは殻を捨てたのか。
 カタツムリの殻はヤドカリのように、どこかから拾ってきたものではない。生まれたときからついている体の一部だ。
 殻には外敵や乾燥などから体を守ってくれるというメリットがあるが、殻を作り、体の大きさに合わせて維持し続けるためには相当の栄養分を費やさなければならないというデメリットもある。
 ナメクジは重くて邪魔な殻なんかのために貴重な栄養を使いたくない、外敵の攻撃に弱くなっても、湿っぽい場所でしか活動できなくなってもいいから、少ない栄養でも生きていけるように殻を捨てたのだ。
 マイホームのローン返済のため一生懸命に働き続けているのがカタツムリ、家はないけど借金もない自由な生活を選んだのがナメクジというわけだ。
 ナメクジがうらやましくなってきた。

2019年07月03日

音楽は数学系だった!

 「音楽にばかり夢中になっていないで、ちょっとは勉強しなさい!」と中学生や高校生のころ、よく言われた。
 言う方も、言われる方も音楽と勉強はまったく別のものだと思っていた。大昔は違っていたらしい。
 「ピタゴラスの定理」で知られる古代ギリシアの哲学者ピタゴラスが紀元前6世紀に創設した教団では、本科生に算術、幾何学、天文学、音楽の数学系4科を、聴講生には文法、修辞学、論理学の言語系3科を教えていたという。
これをプラトンが受け継いでアカデメイアという学校で教えるようになった。
紀元5世紀の帝政ローマ時代には、これらの学問を自由7科と呼ぶようになった。

これがいま「一般教養」と訳されているリベラル・アーツの起源だ。
「リベラル」は自由、「アーツ」は技術という意味。
古代ギリシアや帝政ローマ時代には奴隷階級があった。
自由人(非奴隷)になるためには、一定の教養が必要だった。それが自由7科。算術や幾何学、天文学、音楽、文法、修辞学、論理学を学ぶことが自由人になる条件のひとつだったという。


音楽がなぜ数学系4科に含まれているのかというと、ピタゴラスが音楽は数学の仲間と考えていたからだ。
ピタゴラスは三平方の定理を発見しただけでなく、音階の発明者でもある。
哲学や数学の天才が音程の研究を始めたきっかけは、散歩で鍛冶屋の前を通りかかったとき、鍛冶職人が金属をハンマーでたたく音のなかに、きれいに響き合うものと、そうでないものがあることに気付いたからだという。天才はさっそくハンマーの重さや、共鳴箱の上に張った弦の長さによる音の違いを調べ、音程は数の比で表されることを見つけた。
それも1対2、2対3、3対4といった整数比のときだけ美しく響き合うことを発見した。
美しい和音は美しい数字で表すことができるというわけだ。

音階も和音も数字、もちろん4、8、16拍子などのリズムも数字。
音楽と数学は深い関係にある。
これを若いころに知っていたら「鍛冶のまち三条の生徒が音楽に夢中になるのはピタゴラスからの伝統だ」と言っていた。
「じゃあ幾何や文法など他の六科を勉強するまで自由がなくてもいいんだな」と言われたら困るが。