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2019年05月27日

スポンサー・ファースト

 東京五輪の暑さ対策として東京都が「かぶる傘」を試作しているという。小池百合子知事が記者会見で発表した。
 傘といっても持ち手はなく、帽子のように頭の上に乗せてあごひもで止めるタイプ。熱や光をさえぎる素材を使っているそうだが、形は江戸時代の「三度笠」そっくりだ。
 これをかぶって長い楊枝をくわえたら木枯し紋次郎になる。小池知事は「男性で日傘を差すのが恥ずかしい人は、思い切ってここまでやってみてはいかかでしょう」とPRしているが、日傘を恥ずかしがっているような男が三度笠をかぶるわけがない。
 「ギャグ?」「これなら麦わら帽子でいいんじゃない?」といった声も上がっている。


 そもそも、なぜ7月24日から8月9日という真夏の東京で五輪を開くのか。
昭和39年の前回東京五輪の会期は10月10日から24日だった。雨の日もあったが、最高気温は高くても23・3度にとどまり、大会は成功した。
それを記念して当初は10月10日、いまは10月の第2月曜を「体育の日」としている。
対して来年の東京五輪は酷暑の中で開くことになる。
少しでも暑さを避けようとマラソンは午前6時、競歩は午前5時30分にスタートするという。
 選手たちは未明に起きてコンデションを整えなければならない。過酷な環境となることが分かっていながら、小池知事は「アスリート・ファースト」と言っている。猛暑日に競技させることのどこが選手優先なのだろう。


 東京五輪を真夏に開くのは、人気イベントが少ない時期だからだ。
 アメリカでは9月にはアメリカンフットボールのシーズンが始まり、メジャーリーグも終盤戦を迎えて優勝争いが過熱する。
 10月にはプロバスケットボールの公式戦も始まり、メジャーリーグのワールドシリーズもある。
 欧州でも秋になると主要サッカーリーグがスタートする。
 テレビ局はこれら人気スポーツと重ならない時期に五輪を放送したい。IOC(国際オリンピック委員会)はアメラグやバスケ、サッカー、野球のワールドシリーズなどと重ならない時期の方がテレビ局に五輪の放映権を高く売ることができる。
 だから五輪を真夏に開催するようになった。
 アスリート・ファーストとは言うものの、実際はスポンサー・ファーストではないだろうか。

2019年05月22日

戒律にひと言、付け加えるだけで

 イギリス人作家ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』は、牧場の動物たちが革命を起こす物語だ。
 動物たちはある日、自分たちの利益を人間に搾取されていることに気づく。
 動物のなかでもっとも賢いと周囲から思われているブタの指導のもと、動物たちは蜂起する。
 牧場からうまく人間を追い出すことができた動物たちは、動物主義にもとづく戒律を定めて壁に書き出した。

 「二本足で歩くものはすべて敵である」
 「四本足で歩くものと羽のあるものはすべて友である」
 「動物は服を着るべからず」
 「動物はベッドで寝るべからず」
 「動物は酒を飲むべからず」
 「動物は他の動物を殺すべからず」
 「すべての動物は平等である」の七戒だ。


 動物たちは理想に燃えて懸命に働く。
 牧場を取り戻そうとする人間たちとは命がけで戦った。
 そのうちにブタが権力を独占し、他の動物たちを支配するようになった。
 「七戒」にも、いつの間にかいくつかの文字が書き加えられていた。


 「動物はベッドで寝るべからず」の後ろには「シーツを用いては」が付いた。
 この結果、他の動物たちは床で、ブタだけはシーツのないベッドで眠るようになった。
 「動物は酒を飲むべからず」の後ろには「過剰には」が付き、ブタは毎晩、酒を楽しむようになった。
 「動物は他の動物を殺すべからず」の後ろには「理由なしには」が付き、理由があれば殺してもいいことになった。
 「すべての動物は平等である」の後ろには「一部の動物はより平等である」が付いて、ブタは独裁体制をより強固にした。


 この小説が発表されたのは昭和20年。
 ソ連の全体主義、スターリン主義を痛烈に批判した作品として評価された。
 オーウェルは戒律に、たったひと言を付け加えるだけで意味が正反対になることも示した。
 「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」の後ろに
 「実力組織として、自衛隊を保持する」を付けた場合はどうなるのだろう。

2019年05月19日

晴耕雨バスケ

 来年の東京五輪からスポーツクライミングなどとともに3人制バスケットボール「3×3」(スリー・バイ・スリー)が五輪種目に採用される。
5人制コートの半分を使って行う競技で、1試合はわずか10分間。バスケットボールはもともと展開が早い競技だが、3人制となるとさらにスピーディになる。
 攻守の入れ替わりは目まぐるしく、攻める側はボールを持ってから12秒以内にシュートしなければならない。
 チームワークも大切だが、個々の選手の役割も5分の1から3分の1に増す。
競技人口は40万人を超え、世界大会には180以上の国や地域が参加する人気スポーツとなっている。


国内にも「3×3」のプロリーグがある。
5年前の発足時はわずか7チームの加盟だったが、その後年々増加。6月から始まる今シーズンは、韓国やニュージーランドなどの海外組も含め72チームが12地区に分かれ、8月までリーグ戦を行う。

 このリーグに新潟県内から初参加するプロチームが三条市にできた。
 旧荒沢小体育館を拠点とする「三条ビーターズ」だ。
 メンバーは選手6人と練習生1人の計7人。
うち3人は東京からの遠征組だが、
和歌山出身の南条一輝主将(26)、
胎内市出身の花野文昭選手(24)、
茨城出身の松岡一成選手(29)、
埼玉出身の小沼遼平練習生(32)の四人は地域おこし協力隊員として今春、三条市に移住した三条市民だ。
先週末、旧荒沢小体育館で行った「仙台エアジョーカーズ」との練習試合では迫力あるプレーを披露した。


プロとはいえ協賛金だけでチームを運営していくことは難しい。
そこで「三条ビーターズ」が打ち出しているのが「半農半バスケ」スタイル。
バスケットボール教室やスポーツ合宿の誘致などに加え、運営主体のNPOソーシャルファームさんじょう(柴山昌彦理事長)が取り組んでいる下田地域の棚田の再生や下田産のイモで作る焼酎「五輪峠」の製造販売、エゴマ栽培などにも参加することにしている。
晴耕雨読ならぬ晴耕雨バスケ。
ことし12月に完成する三条市体育文化会館での試合観戦が待ち遠しい。

2019年05月13日

田中角栄元首相とIT化

 「大都市と地方との格差をなくすためには、全国各地域を結ぶ情報ネットワークを先行的に整備しなければならない」と真っ先に説いたのは田中角栄元首相だ。

 自ら著した『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)で
 「情報ネットワークの整備、利用技術や情報システムの積極的な開発、通信コストの合理化を三本柱にして日本全国を一つの〝情報列島〟に再編成すれば、わざわざ情報を求めて上京する必要はなくなり、地方にいながらにして商売も勉強もできるようになる。情報化時代の主役はコンピューターによる情報処理である。このコンピューターと職場や家庭を結ぶのが通信回線だ。新幹線鉄道の列車がレールの上を走って私たちを運ぶように、私たちが通信回線をつうじてコンピューターを呼びだし、コンピューターのはじきだす情報が通信回線を通じて私たちにとどく。それがデータ通信である」と説いた。


 『日本列島改造論』の発刊はいまから47年も前の昭和47年。
まだ「インターネット」という概念は生まれておらず、その前身であるARPAネットがようやく米国内29台のコンピューターを通信網で結ぶことに成功したころだ。
 日本で初めてこのネットに東北大学のコンピューターが接続できたのは発刊から9年後。
 元首相は「IT化」などという言葉が生まれるはるか以前から、日本を情報列島化しなければならない時代が来ると予見していた。


 天才政治家はこの本のむすびで
 「人口と産業の大都市集中は、繁栄する今日の日本をつくりあげる原動力であった。しかし、この巨大な流れは、同時に、大都会の二間のアパートだけを故郷とする人々を輩出させ、地方から若者の姿を消し、いなかに年寄りと重労働に苦しむ主婦を取り残す結果となった」と指摘。工業再配置と交通・情報通信の全国ネットワーク整備によって人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる〝地方分散〟」が必要と説いた。
 「東京一極集中の是正」をいまだに実現できずにいる日本。元首相引退後、政治は何をやってきたのだろう。

2019年05月11日

白骨の御文

 「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」は蓮如上人の白骨の御文の一節だ。
 浄土真宗の葬儀などでよく読まれる。
 「未だ万歳の人身を受けたりという事を聞かず。一生過ぎやすし。いまに至りて誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人、本の雫・末の露よりも繁しといえり」。
 一万年生きた人がいたと聞いたことはない。一生はすぐに過ぎ去ってしまう。いままで百年、変わらずにいた人もいない。自分が先か、人が先か、今日か明日か、人の命は草木の根元の雫や葉先の露のように、遅速の違いはあっても、いずれは落ちてなくなるものだ。だからどんな人もはやく後生の一大事を心にかけて阿弥陀仏にすべてをまかせ、念仏せよと説く文章だ。

 世話になった人が突然、脳梗塞で亡くなった。
 多くの助言と支援を頂いた。恩返しができないうちに旅立ってしまった。
 ソフトボールやゴルフ、釣りが大好きで、年中、真っ黒に日焼けしていた。元気の塊のようなパワフルな人だっただけに、亡くなるとは思ってもいなかった。二度と会えなくなるなら、もっといろいろな話をしておけばよかった。
 通夜式で導師が白骨の御文を読んだ。
 だれもが「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身」であることを実感した。

 8日午前10時すぎ、滋賀県大津市の県道交差点で乗用車と軽自動車が衝突、軽自動車が歩道で信号待ちをしていた保育園児の列に突っ込んだ。
 この事故で2歳児2人が死亡、幼児や保育士14人がけがをした。
 連休明けだけに2歳児であればまだ朝、保育士に預けられるときに親と離れることを嫌がって泣いていたかもしれない。あるいは元気に保育士とあいさつし、親とは機嫌よく手を振って「バイバイ!」と別れたのかもしれない。
 いずれにしても親はまさかそれが最後の別れになるなどとは露ほども思っていなかっただろう。1歳、2歳のときと同じように、この先も毎年、自分たちが生きている限り、わが子の誕生日を祝えるものと思っていただろう。
 「人間のはかなきことは老少不定」。
 切ない世の中だ。