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取材される側になって

 取材する側から取材される側に回って分かったことがある。
 まず、こちらの意図すること、主張がなかなか思い通りに取材者に伝わらないということだ。
 取材に対して「原発再稼働はこの選挙の争点とはなっていない。賛成と反対の両方の主張があって初めて争点となる。反対派だけで賛成派がいなければ対立軸にはならない。そもそも知事が知事選で、県独自の検証作業が終わった後に再稼働について県民に信を問うと約束している。再稼動の是非について県民が判断を示すのはそのときだ」と答えたときのことだ。
 報じられたのは「原発は争点ではない」のひと言だけ。
 原発反対を主張している候補と並べられると、まるで再稼働に賛成しているように思われる。
 問い合わせが相次ぎ、「再稼働には反対だが、この選挙の争点にはなっていないと言った」という説明を繰り返すことになった。簡潔、かつ明快に主張しないと誤解を招くと痛感した。

 取材する側の横柄さも感じた。
 全国紙の記者から「学歴証明書類を提出してください」と求められた。
 告示まで、あと3週間という忙しい時期だ。大手のエリート記者にとって、大学は卒業するのが当然なのだろうが、こちらは中退。卒業証書などない。
 証明するには大学に連絡して在学証明書を送ってもらわなければならない。この忙しい時期にそれをやれというのか。
 「はい。皆さんにお願いしていることですので」。そんなことをやっているひまはない。
 「でも報道の正確性を保つために、一律にお願いしています。ご協力いただかないと、困ります」。
 報道の正確性を保つ責任は取材する側にあるのであって、取材される側にはない。こちらは学歴を正直に記している。詐称があれば法律違反になるのだ。
 まして一流大学ならともかく、難関でもなんでもない大学に合格しました、とウソをついても何の得にもならないではないか。それでもこちらの学歴が疑わしいと思うのであれば、自分で事実かどうか取材すればいい。
 自分がやるべき仕事を取材対象に押し付けて平然としている。
 そういうエリートにどこまで付き合うべきか、考えているうちに連絡するのを忘れてしまった。

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