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2019年04月27日

平成 好きだ 愛している

 「愛している」という言葉を口にすることを恥ずかしがる高齢の男性がいる。
 異性に対して使うことを恥ずかしがるだけではない。「○○を愛する会」といった名称についても「愛するとかいうのは、しょうしい(恥ずかしい)てば」という。
 主人公が「君を愛してるんだ!」と叫ぶトレンディドラマを観て育った世代には分からない感覚だ。
 90年代にヒットしたスピッツの『チェリー』には
 「『愛してる』の響きだけで強くなれる気がしたよ」という歌詞まである。

 「愛する」に抵抗がある人でも「好き」は気軽に使っている。「山菜が好きだ」「好きな酒はやめられない」など。方言も「愛している」より「好き」バージョンの方が多いのではないだろうか。
 広島弁は「愛しちょる」より「好きじゃけ」の方が格好いい。焼きジャケのようで美味しそうでもある。
 博多弁では「すいとう」。水筒ではなく「好いとう」。女性の場合は「好いとっと」とニワトリのようになって可愛い。
 大阪弁は「好っきゃねん」。ニッカネン、ハッキネンと並べるとフィンランド人三兄弟のようになる。
 鹿児島弁は「惚れもした」。「セ、ボン、ホレモシタ」と言うとフランス語のように聞こえる。
 土佐弁は「すき焼き」ではなくて「好きやき」。
 秋田弁は「好ぎだ」と濁る。スギ花粉で鼻が詰まったかのようだ。
 新潟弁の「好きらて」も、他地域の人には「カフェラテの仲間?」と首を傾げられるのかもしれない。

 間もなく平成が終わり、来月から令和になる。昭和がますます遠くなる。遠くなると昭和元年生まれから昭和63年生まれまでを全部まとめて「昭和世代」とされかねない。
 63年間も続いたのだから昭和世代の幅は広い。
 大東亜戦争や太平洋戦争開戦前に生まれた世代もいれば戦中生まれ、戦後生まれもいる。戦後生まれも高度成長期の前と後では育った環境がまるで違う。
 昭和には「愛している」に照れる世代から「愛し合っているかい?」「イエー!」などと叫んできた世代までいるのだ。令和の若者には同じようにしか見えないのかもしれないが。

2019年04月23日

取材される側になって

 取材する側から取材される側に回って分かったことがある。
 まず、こちらの意図すること、主張がなかなか思い通りに取材者に伝わらないということだ。
 取材に対して「原発再稼働はこの選挙の争点とはなっていない。賛成と反対の両方の主張があって初めて争点となる。反対派だけで賛成派がいなければ対立軸にはならない。そもそも知事が知事選で、県独自の検証作業が終わった後に再稼働について県民に信を問うと約束している。再稼動の是非について県民が判断を示すのはそのときだ」と答えたときのことだ。
 報じられたのは「原発は争点ではない」のひと言だけ。
 原発反対を主張している候補と並べられると、まるで再稼働に賛成しているように思われる。
 問い合わせが相次ぎ、「再稼働には反対だが、この選挙の争点にはなっていないと言った」という説明を繰り返すことになった。簡潔、かつ明快に主張しないと誤解を招くと痛感した。

 取材する側の横柄さも感じた。
 全国紙の記者から「学歴証明書類を提出してください」と求められた。
 告示まで、あと3週間という忙しい時期だ。大手のエリート記者にとって、大学は卒業するのが当然なのだろうが、こちらは中退。卒業証書などない。
 証明するには大学に連絡して在学証明書を送ってもらわなければならない。この忙しい時期にそれをやれというのか。
 「はい。皆さんにお願いしていることですので」。そんなことをやっているひまはない。
 「でも報道の正確性を保つために、一律にお願いしています。ご協力いただかないと、困ります」。
 報道の正確性を保つ責任は取材する側にあるのであって、取材される側にはない。こちらは学歴を正直に記している。詐称があれば法律違反になるのだ。
 まして一流大学ならともかく、難関でもなんでもない大学に合格しました、とウソをついても何の得にもならないではないか。それでもこちらの学歴が疑わしいと思うのであれば、自分で事実かどうか取材すればいい。
 自分がやるべき仕事を取材対象に押し付けて平然としている。
 そういうエリートにどこまで付き合うべきか、考えているうちに連絡するのを忘れてしまった。

2019年04月08日

感謝

多くの皆様のご指導、ご支援のお陰で県議選に当選することができました。
感謝の気持ちで一杯です。
同時に、責任の重さを痛感しています。


県議選は市議選と違い、私と直接、話したことがない、会ったこともない方からも
ご支持いただかなければ当選できません。

話したことも、会ったこともない方の多くは、
私を支援して下さっている方の
「杉井はちゃんとやるはずだから」という言葉を信用して支持していただいたのでしょう。
「この人が大丈夫というんだから、大丈夫なのだろう」と思って投票してくださったのだと思います。

私は私を支援して下さっている方の信用をお借りして当選させていただきました。
私が怠けたり、選挙戦で訴えたこととは違う行動をとったりしたら、
私と、私を支援して下さった方の信頼関係だけでなく、
私を推薦して下さった方々の信用まで傷づけてしまうことになります。

それだけは絶対に避けなければなりません。
私を推薦してくださった方々の信用に傷をつけないためにも、
全力で頑張っていきたいと思っています。

引き続いてご指導、ご支援賜りますよう
心よりお願い申し上げます。