知らしむべからず
「民は由らしむべし、知らしむべからず」と論語にある。本来の意味は「人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい」だった。転じて「為政者は人民を施政に従わせればそれでよい。道理を人民に分からせる必要はない」となった。
公職選挙法は後者の典型だ。第一条には「日本国憲法の精神に則り、(略)その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明かつ適正に行われることを確保し、もって民主主義の健全な発展を期することを目的とする」とある。
憲法前文は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」で始まる。「正当に選挙」を行うためと言いながら、公選法は有権者をがんじがらめに縛り付けている。選挙人が主張や政策を「自由に表明」することは認めても、それを有権者に届けることを厳しく制限している。
まず選挙運動の期間を厳格化し、期間外の投票依頼などを「違法な事前運動」として厳しく取り締まっている。アメリカ、イギリス、ドイツ、カナダなどでは選挙期間そのものの規定がない。選挙期間を定めているフランスやイタリアでも事前運動を規制するようなことはしていない。
日本は戸別訪問も禁止している。投票依頼だけでなく、演説会を開くから聞きにきてくれといった開催案内を戸別に行うことすら禁止だ。戸別訪問を禁止しているのは世界でも数か国だけで、先進国では日本だけだ。カナダではマンションやアパートの管理人は戸別訪問を妨害してはならないというルールまである。
日本は文書図画の頒布も選挙管理委員会の審査を受けた法定ビラ以外のものを配ることを禁止している。これもほとんどの先進国にはない規制だ。
何のための規制なのか。総務省は「選挙の公正、候補者間の平等を確保するため」と説明している。
一方で政党のテレビCMには制限がなく、資金力の豊富な政党はどんどんPRできるようになっている。どこが公正、平等なのだろう。
戸別訪問や文書図画の頒布を解禁したら有権者に直接、各陣営から多くの情報が届く。有権者は自分でよく考えて投票するようになる。為政者はそれが嫌だから公選法で訳の分からない規制を設けているのだろうか。
「知らしむべからず」。これで投票率が上がるわけがない。