若山裕新副市長
三条市の副市長に若山裕氏(61)が就任した。
玉川大学を卒業後、三条市職員となり、秘書室長、教育総務課長、政策推進課長、総務部長を歴任した。若手のころは法務や税務畑を歩み、中堅となって以降は行政改革大綱や経営戦略プログラム、総合計画などの策定と遂行に努めた。若山氏は三条市助役から通算して18代目、合併後の新市では3代目の副市長となる。
歴代の助役、副市長の顔ぶれを見ていると、当時の三条市政の課題も浮かんでくる。
昭和50年代から平成にかけての滝沢賢太郎、内山裕一両市政で助役を務めたのが鈴木春義、高坂純両氏。2人とも技術吏員出身で、水道局長や建設課長などを経て事務方トップに就いた。このころの市政の課題は新保裏館線や弥彦線高架、公共下水道、広域上水道、須頃郷土地区画整理などの都市基盤整備事業だった。これらの建設事業を進めるため、当時の市長は事務職ではなく、技術職出身の助役を求めた。
高坂助役が内山市長の対抗馬として三条市長選に担ぎ出された後、内山市長は後任に高坂氏とは正反対のタイプで福祉畑出身の古寺秀夫氏を選んだ。
次の長谷川長二郎市長は財政畑出身の須佐郷士氏を助役に選んだが、1年半後に須佐氏が体調不良で辞職すると、後任に事務職ながら建設行政にも詳しい佐藤和夫氏を選んだ。佐藤氏は企業経営者から政治経験がないまま就任した高橋一夫市長、東京出身で総務省のキャリア官僚だった国定勇人市長からも信頼され、歴代最長の約12年にわたり助役、副市長を務めた。
時代や市長によって副市長に求められる役割は変わる。鈴木、高坂両氏は建設事業を推進し、古寺、須佐両氏は役所の内部固めに務めた。佐藤氏は国県とのパイプ強化や議会との調整などに力を発揮した。
国定市政の場合、元総務官僚とあって行政に関する知識も、国とのパイプも十二分にある。副市長に求められるのはそれ以外のこと。吉田実前副市長は災害対応や用地交渉などで手腕を発揮した。
若山新副市長には、まずは市長が何を目指し、何を求めているのかを職員たちに分かりやすく伝えて理解させること、各部署がどの程度まで要望に応えられるのかを市長に正確に伝えることなどが求められることになりそうだ。