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阿修羅のような人

 昨年、オキアミを食べるためにアラスカ沖に集まるクジラと、その子を狙うシャチの群れの闘いを描いたテレビ番組があった。シャチは知恵もあり、優れたチームワークで獲物を追い詰める海の最強ハンター。なんとかして我が子を守ろうと奮闘する親クジラが主人公だったので、クジラ側に感情移入して見ていた。子クジラがシャチから逃げ切ったときにはホッとしたものだ。

 先日、北米大陸のオオカミの群れを追った番組があった。子どもにエサをやるため、自分の十倍も体重がある猛牛バイソンに命がけで挑む母親オオカミなどが主役だった。狩りに失敗して子どもにエサを与えられないオオカミには同情した。

 クジラとシャチのときは逃げるクジラに、オオカミとバイソンのときは追うオオカミに共感した。逆の目線で番組が作られていたらシャチやバイソンに共感していたのだろう。我ながら己の単純さに感心する。


 昨年の新聞広告クリエーティブコンテストで最優秀賞を受賞した作品は、泣いている子どもの鬼の絵の上に、大きな文字で「ボクのおとうさんは桃太郎というやつに殺されました」、下に小さく「一方的な『めでたし、めでたし』を、生まないために。広げよう、あなたがみている世界」と書いてあった。
 童話では鬼は悪者、桃太郎は悪を退治する正義の勇者だが、鬼の側から見れば桃太郎は突然、島にやってきて問答無用で家族や仲間を殺した殺りく者だ。

 立場や視点を変えれば、物事の見え方がまるで変わる。
 報道の公平性でよく例に出されるのがデモ隊と警官隊の衝突現場だ。デモ隊の後ろから衝突最前線を撮った画像を使えば、向かってくる警官隊が独裁者の恐ろしい手先のように写る。警官隊の後ろから撮った画像を使えばデモ隊が凶暴な暴徒に写る。使い方に気を付けなければ偏った報道になる。

 出直し市長選を仕掛けて大阪都構想を進めようとする橋下徹大阪市長も、支持者からはタレント弁護士時代の年収三億円を捨てて大阪の立て直しに取り組む改革者、反対勢力からは自分の主張が通らないとすぐにキレるわがままな目立ちたがり屋に見えるのだろう。
 どこから見るかで顔が変わる阿修羅のような人だ。

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