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キソ的自治体のキソ的な仕事とキソ的な民主主義

 スポーツも勉強も仕事も、基本が大切であることは言うまでもない。地方自治も一緒。ごみ処理などの基本をしっかりこなせなければまちづくりだ、市民参加だなどと格好をつけても始まらない。
人口11万人で三条市とほぼ同規模の東京都小金井市が、基本をおろそかにすると大変なことになると教えてくれている。同市は以前、調布市、府中市と3市共同でごみ焼却処理場を運営していた。昭和60年にはこの施設の現地建て替え計画も作ったが、近所の小金井市民たちが反対、焼却場の移転を強く求めた。これに小金井市議会が同調し、現地建て替え計画を潰した。怒った調布、府中両市は小金井市と袂を分かち、それぞれ別の組合に加入した。
 残された小金井市は国分寺市を新たなパートナーに選び、共同焼却場の建設地を探したが、迷惑施設だけにどこも住民合意を得られない。適地を見つけられないまま、平成19年3月には調布、府中両市と運営してきた焼却場が寿命を迎えて廃止となった。
 行き場を失った小金井市のごみの一部は国分寺市が引き受けた。条件は両市の共同焼却場建設予定地を小金井市が用意することだった。残りのごみは他市などに頼んだ。
 昨年4月の小金井市長選では、この他市へのごみ処理委託料を「無駄遣い」と批判する新人が現職を破って当選した。ごみ処理を引き受けてきた他市は「人道的見地から引き受けてやってきたのに、無駄遣いとはふざけている」と怒り、ごみの受け入れを止めることにした。新人市長はおわび行脚に回ったが、相手にされなかった。同市はごみ処理ができなくなり、市長は責任を取って辞職した。
 12月の出直し市長選では元市長が復活当選。とりあえず昔の人脈を頼って他市に頭を下げて回り、しばらくの間、ごみを受け入れてもらうことになった。市内にごみがあふれる事態こそ避けられたが、国分寺市との約束も含めて根本的な解決にはまだ遠い。
 大阪では強気の行政が一部から「独裁」と批判を浴びた。東京では住民の反対の声を尊重しすぎる市政がごみ焼却場を失い、新施設建設地も確保できず、結果的に住民や周辺自治体に多大な迷惑をかけている。ごみよりもまず住民エゴと、それに流される首長や議員の無責任さを焼却しなければならない。

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