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2011年04月26日

想定外

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故を踏まえ、統一地方選では原発問題も争点のひとつとされてきた。県議選では定数2の柏崎市・刈羽区で、原発を推進してきた自民現職の2人が当選、原発反対の新人は落選した。だからといって、これで県民が原発を容認したということにはならない。
 大震災発生から1か月半。地震や津波は自然災害であっても、原発事故は人災であることが明らかになってきた。今回の津波は明治29年に発生した明治三陸大津波とほぼ同規模だった。このときも三陸海岸で38・2mの大津波が記録された。死者は2万人以上、家屋の流失や全壊は1万戸以上だった。
 115年前と同規模の大津波が福島第一原発を襲うことを、東京電力は「想定外だった」としている。自動車事故や工作機械の話ではない。交通事故なら想定外のことが起きても、犠牲は数人から数十人だ。原発となるとそうはいかない。この世でもっとも危険な人造施設なのだから、115年前の津波くらいは想定し、対策を講じておくのは当然だろう。河川改修だって100年に1度の豪雨を想定する。原発事故で起きるのは放射能漏れであり、大気や土壌、海の放射能汚染なのだから、100年、200年前の災害を考慮に入れるのは当然だ。まして被害が拡大した主因は電気系統のトラブル。津波発生時のバックアップ体制ぐらい、当然、考えているとだれもが思っていたのではないだろうか。
 「周辺の農家や漁師が風評被害で苦しんでいる、ただちに人体に害を与えるほどの濃度ではないのに、周辺の野菜や魚を避ける消費者の行動はエゴだ」といった偽善的な解説をするコメンテーターがいる。そうだろうか。論理のすり替えがある。農家や漁師を苦しめているのは消費者心理ではない。東京電力や政府のいい加減なリスク管理が原因なのだ。売れなくなった分は東京電力が補償すべきであって、それを消費者に押し付けようとするのは東京電力の責任回避の手助けにしかならない。
 原子力は火力や水力より発電コストが安いとされてきた。裏返すと、電力会社がもっとも儲かる発電方式ということだ。東芝や日立などの重電メーカー、鹿島などの大手ゼネコンは電力会社から工事を請け負い、学界は研究費を獲得する。政治家は政治献金を、大手マスコミは広告料を受け取り、経産省や財務省は原発の資金を担っている政府系金融機関も含めて天下り先を確保できる。原発の周囲には電力業界を核として建設業界、学界、政界、官界の幹部たちが連なっている。ただし彼らは原発事故が起きても絶対に被爆しない場所にいる。
 一方、周辺住民は常にリスクを背負わされている。事故が起きれば被爆の危険にさらされ、自宅から強制的に避難させられ、仕事まで奪われる。そのうえ補償も不十分なまま東京電力が倒産といった事態になれば、まさに踏んだりけったりとなる。
 原発に対する国民の判断は今回の統一地方選だけでは示しえない。福島第一原発事故の今後の成り行きを見極めたうえで、政治の争点のひとつとしなければならない。