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大多数は全くの無関心棄権

 投票率の低迷が続いている。8日投票の県議選も低調だった。
 県議選三条市区の投票率は61・83%。燕市西蒲原郡区の54・74%よりはましだったものの、昨年11月の三条市長選より1・02ポイント、昨年4月の三条市議選より9・51ポイントも低かった。「県内最激戦区」などと言われてきたものの、戦いは局地戦でしかなかった。市民10人のうち4人にはどの陣営の訴えも届かなかった。
 近年、棄権の中身が変わってきたのではないか。以前は批判や抗議の意味を込めた棄権といった、理屈はともかく、それなりのポーズをとったうえでの棄権があった。いまは批判の対象ですらない。まったくの無関心による棄権が大多数を占めているのではないか。
 「だれが当選しても変わらない」という人もいた。何から何まで国が地方の面倒を見てきた時代がまだ続いていると勘違いしているのだろう。だれが担っても同じなら北海道夕張市も財政破綻せずにすんだ。
 無関心層を増やしている元凶は公職選挙法。戸別訪問によって候補と有権者が接触することも、リーフレットなどで候補の主張を有権者に伝えることも禁じている。「だれが何を主張しているのか違いが分からない」ために「だれが当選しても同じ」となってしまう。まして県議選は選挙公報すらない。
 「個人演説会? 行きにくいなぁ」という人も多かった。かつては立会演説会があった。同じ会場で各候補の演説を聴くことができた。いまは個人演説会に顔を出すだけで、その候補の支持者のように見られてしまいがちだ。「全候補の話を聞いてみたい」と思っても、日程を調べて回るのは容易ではない。
 首長選では青年会議所などが告示前に各予定候補による討論会などを開いてくれる。これも公選法により告示後の開催は難しい。
 立会演説会がだめなら、街頭演説を同じ場所で、時間差で開けないものだろうか。例えば旧三条競馬場のような広い場所、あるいはどこかの駐車場のような車の中でも聴ける場所に、街宣車が順に入って各候補が演説する。マスコミや青年団体などが調整役となり、各候補に時間を割り振る。今回の県議選三条市区のように候補が5人なら、1人15分ずつでも1時間15分で終わる。そうすれば有権者は個人演説会と違って「あの人はあの候補を応援しているのか」などと色眼鏡で見られることなく、各候補の主張を聴くことができる。演説だけで太鼓やのぼりなどのパフォーマンス、候補者以外の応援演説は禁止とすれば、いらぬ摩擦も避けられる。来たくない候補は来なければいいのだから、調整役もそれほど神経を使わなくていい。
 こんなことをしなくても、公選法を改正してくれれば、話は早いのだか。(スキップビート42 4月12日付け三条新聞)

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