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三条競馬場跡地

 三条競馬場跡地の活用方法が決まらない。次期新潟国体の馬術競技場となることは決まっているが、その後は未定。県には「公園として整備する」との約束を守ってもらわなければならない。
三条競馬場が信濃川河川敷に開設されたのは昭和3年。戦時中は軍馬の鍛錬場として使われたが、昭和23年に競馬場として復活。新潟県競馬組合が解散した平成14年3月までレースが行われた。
 解散後、組合はスタンド部分を場外馬券売り場として大井競馬に売却した。馬場と、駐車場(700台以上収容可能)を合わせた河川敷15万5720平方㍍の占用許可は三条市が受け継いだ。
 県は平成21年のトキめき新潟国体で、三条競馬場跡地を馬術競技の特設会場とすることを決めた。今年度は3,000万円で特設会場の実施設計を行う。国体まで3年。それ以前に跡地を他の形に整備する考えは、県にも市にもない。
 国体後の活用も決まっていない。馬術競技会の設備をそのままにして馬事公園とする案もあるが、「サッカーなど、もっと多目的に使える公園に」などの意見もあり、決まったわけではない。
 そもそも馬場内の約5万4000平方㍍は、県競馬組合が公園に整備することになっていた。組合管理者の平山征夫知事(当時)が三条市に約束した。公園化にはまず馬場内の農地を潰さなければならない 。
 組合は平成10年、耕作者から権利を譲り受けた。その際の離農補償額は5684万8000円。三条市は公園化のために18%にあたる1033万7000円を負担した。
 組合は赤字を理由に公園整備を先延ばしし、約束を果たさないまま平成14年に解散した。平山知事は「組合と三条市との約束は、組合がなくなったから知らないというのでは、県としてトータルな約束が果たせない」と明言、県が約束を引き継いだはずだった。あれから4年。知事は平山氏から泉田氏に変わったが、跡地は変わらぬままだ。
 信濃川をちょっと上れば大河津分水公園がある。ちょっと下れば旧小須戸町に親水緑地公園が、その先にはやすらぎ堤がある。三条には親水公園はない。競馬場跡地は一昨年の7・13水害で氾濫した五十嵐川が、信濃川に合流する地点の真正面にある。水害時には大量の被災ごみ置き場にもなった。大水害の教訓を忘れないための7・13メモリアルパークのような公園に整備できないものだろうか。
 ちなみに大井競馬からは三条での場外馬券売り上げの1%が三条市に還元されている。金額は初年度の平成14年度が2017万4000円。以後、年々減って17年度は1488万7000円。公園整備に向けて貯めておけるほど三条市の財政に余裕はなく、全額を小中学校の施設整備に回している。
 県に何とかしてもらうほかない。競馬場跡地だからといって「馬耳東風」や「馬齢を重ねる」ようなことはないだろう。整備計画に関して早く「馬が合う」ようにしてほしいものだ。(スキップビート15 9月2日付け三条新聞)

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