2012年05月12日

フランスに見習うべきは・・・

 フランソワ・ミッテラン氏はフランス大統領に就任した昭和56年、記者団に愛人問題を質問されて「それが何か?」と答えた。フランスはもともとそういう国だが、最近は自由奔放に拍車がかかっている。
 ニコラ・サルコジ大統領は3度、結婚している。2度目の前妻とは最初の妻と結婚している間に付き合い始めた。このころは前妻にも夫がいた。つまりダブル不倫。熱烈な恋だったはずなのに、夫婦になったら冷めてしまったようで、前妻は別の男と駆け落ちした。
 サルコジ氏が大統領就任後に結婚した現妻カーラ・ブルーニ夫人は元トップモデルで歌手。ミック・ジャガーやエリック・クラプトン、ドナルド・トランプ、ケビン・コスナーなどと浮名を流し、ヌード写真集も出している。日本の首相が在職中に離婚、13歳下の女性歌手と再婚し、その夫人がヌード写真集を発売したら、世論はどうなるだろう。
 6日の決選投票でサルコジ氏に勝ち、17年ぶりに社会党政権を誕生させるフランソワ・オランド氏は、サルコジ氏と正反対。1度も結婚していないが、30年近く内縁関係にあった女性との間に4人の子どもがいる。相手は元下院議員で平成19年の大統領選に出馬し、サルコジ氏に敗れたセゴレーヌ・ロワイヤル氏。5年後の大統領選でサルコジ氏を破ったオランド氏は恋人の仇を討った形だが、2人はすでに別れている。
大統領選に出馬するために女性関係を清算したわけではない。オランド氏は現在、女性ジャーナリストのバレリー・トリエルバイレール氏と同居している。2人は入籍していないが、事実婚の状態にある。オランド大統領のもと、フランス初の「未婚のファーストレディー」が生まれることになる。
 サルコジ氏は決選投票後、支持者を前に「選挙結果は民主と共和に基づいた国民の選択だ。オランド氏が新しい大統領になる。これは尊重されなければならない」と述べ、オランド氏には「試練のなかでの幸運を祈る」とエールを送った。
 日本では選挙に負けた後、いつまでもグダグダと文句を言い続ける陣営が多い。男女関係はともかく、有権者の選択を尊重する姿勢は民主主義の基礎を作ったフランスを見習いたい。

2012年04月25日

求む! 素直な肉食系

 三条市は来年度採用職員から試験内容を変える。従来の教養試験を廃止し、新たに基礎能力試験と適性検査を取り入れる。
 公務員試験における教養試験には英文、現代文、古文、漢文の知識が必要な「文章理解」、政治、経済、社会、時事問題の知識が問われる「社会科学」、数学、物理、化学、生物、地学の「自然科学」、日本史、世界史、地理、文化芸術、思想の「人文科学」、資料解釈や判断推理能力が問われる「数的処理」など、名前を聞いただけでうんざりする筆記試験が並ぶ。
 出題範囲は幅広い。こうした試験だと公務員試験対策に取り組んできた受験者が有利になる。受験エリート向きだ。三条市役所が求めているのは「素直な肉食系」(国定勇人市長)。タフで明るく元気、前向きな若者を採用するには教養試験はいらないと判断した。
 代わりに導入する基礎能力試験は、民間大手企業などが多く取り入れているIQテストに似た筆記試験で、知能と一般常識レベルの知識を問う。適性検査は行動の特徴や性向などを把握する。市は「公務員試験対策は不要」としている。
来年度採用予定は、大卒程度を対象とする前期試験が一般事務職と土木事務職、建築技術職、電気技術職。高卒程度を対象とする後期試験が一般事務職と保育士、消防職。いずれも一次試験では基礎能力試験と作文、専門職については専門試験を行う。二次試験は適性検査と23年度から導入した集団討論。これはいくつかのグループに分かれてあるテーマについて議論するものだ。三次試験では面接を行う。
昨年行った23年度採用職員試験では、大卒程度の一般事務職に300人が応募。実際には217人が受験して10人が合格。最終競争倍率は21・7倍だった。
実受験者数は県の619人や新潟市の487人、長岡市の343人には及ばなかったものの、最終競争倍率は県も新潟、長岡両市も10倍台で、三条市の方が高かった。規模の割には人気があったわけだ。
三条市では、ことしは教養試験を廃止することでより多くの魅力的な若者が受験してくれるのではと期待している。

2012年03月31日

人事交流

 三条市が国県や他市との人事交流を始めたのは、内山裕一市長当時の平成6年度からだ。農水省から女性キャリア1人を迎え入れ、三条市の若手職員1人を同省に派遣した。
同省との交流は2年で終わったが、故長谷川長二郎市長は交流相手を経産省、厚労省、国交省北陸地方整備局、新潟県に拡大した。8年度から始めた県との交流は21年度まで14年間続いた。経産、国交両省との交流はいまも続いている。
高橋一夫市長は総務省との交流を始めた。地域イントラネットの構築など情報基盤整備を進めるためだ。その交流で三条市に着任したのが総務省キャリアだった国定勇人現市長。当初は2年で戻る予定だったが、16年に7・13水害が発生。高橋市長は国定氏を手放せなくなり、総務省に頼み込んでキャリアでは異例の1年延長を認めてもらった。
国定市長は20年度から3年間、文科省との人事交流を行ったほか、新潟市、神奈川県横浜市、佐賀県武雄市との交流も始めた。国県だけでなく、同じ基礎自治体である市からも学ぼうというわけだ。
23年度にはこれらの相互交流とは別に燕市、新潟市、佐渡市、福井県越前市、大阪府箕面市、兵庫県豊岡市、三重県菰野町の7市町が合わせて21人の土木技師を三条市に派遣してくれた。7・29水害からの復旧業務を手伝うためで、短くて1か月、長い職員は7か月にわたって土木、農業施設などの復旧に努めてくれた。
24年度は総務省、経産省、国交省、新潟市、武雄市から各1人の計5人を受け入れる。経産省から出向中の恋塚忠男地域経営課長は4年目に入る。三条マルシェなどでの手腕を高く評価した国定市長が経産省に頼み込み、派遣期間を延長してもらった。三条市からの派遣は経産省、国交省、新潟市、武雄市の4人だが、人事交流とは別に職員2人を復興支援のために福島県南相馬市に派遣する。
持ちつ持たれつ。23年度は三条市が他市町に助けてもらった。24年度は三条市が南相馬市を応援する番だ。南相馬市に行くお二人、頑張ってきてください。

2012年03月11日

最後のメール

元キャリアウーマンで、いまは尼僧として活躍している瀧本光静さんが、自身のブログで一通のメールを紹介している。「発見された携帯電話に残っていたメールです。どんな思いで、だいすきなお父さんへメールを打ったのか。3月11日(日)宮城県に行ってまいります」という文章が添えられているから、東日本大震災で犠牲となった人のメールらしい。

 『もうバッテリーがないよ。痛いと言わなくなったので、妹はさっき死んだみたいです。埼玉はだいじょうぶですか? またお父さんと一緒にディズニーランドに行きたかったです。お父さん今までありがとう。だいすきなお父さんへ。本当にありが』。
 メールはここで終わっている。瀧本さんは余計な説明は一切せず、「享年長女17、享年次女14、父48」とだけ書き添えている。

 姉妹が地震、あるいは津波でどんな状況に追い込まれたのかは分からない。14歳、まだ中学生の妹は「痛い」と言い続けたのだろう。高校生の姉は、妹が死に、間もなく自分も死ぬことを承知している。父親は埼玉に単身赴任していたのだろうか。バッテリーがなくなる前に、何通かメールが届いていたのかもしれない。「助けて」というメールを受け取ったとしても、埼玉と宮城の距離ではどうしてみようもない。何もしてやれなかったのに、死を覚悟した娘に「今までありがとう。だいすきなお父さん」と書き残された父親。気が狂いそうになるくらい悔しくて、切ないだろう。

 死者や行方不明者の数が大きすぎて実感がわかないが、この姉妹のような死や、重すぎる悲劇が一万数千件も一挙に起きた。あれから1年が過ぎた。11日には追悼式が行われ、多くの特集が組まれた。辛すぎて目を背けたくなるものもあったが、こういうメールに接すると、せめて多くの理不尽な死があったことをしっかりと見、記憶しておこうと思う。覚えておくことぐらいなら、非力な自分にもできる。

2012年03月07日

人権侵害の現実

 全国の法務局が昨年1年間に扱った人権侵犯事件は22168件で、前年より2・2%増えた。

大幅に増えたのが学校におけるいじめに関する人権侵犯で、前年より21・8%増の3306件。これはいじめの件数ではなく、いじめに対して学校側の対応が不適切だった事案の数。平成21年の1787件と比べると2倍近い。
 法務省は、子どもたちがいじめなどについて相談しやすいようにと全国の小中学生に「子どもの人権SOSミニレター」を配っている。悩みごとを書いて投函すれば法務局に郵送される仕組みだ。こうした取り組みがいじめに苦しむ子どもたちを救う一方、学校側の不適切な対応が多いことをあぶりだす結果ともなっている。
子どもに対する暴行・虐待も12・2%増の865件。高齢者や障がい者など社会福祉施設における人権侵害も5・2%増の203件で、過去最多となった。

東日本大震災にかかわる人権侵害も多かった。法務局が被災地や避難先に開設した相談所に寄せられた相談は491件。「子どもの人権SOSミニレター」による相談もある。
「転校先の学校でいじめを受けている。『震災で死ねばよかったのに』とまで言われた」
「放射線汚染が心配で、学校の水道水が飲めない。水筒の持ち込みが禁止されているので、一日中、我慢しなければならない」
「早く福島へ戻りたい。避難生活で不安やストレスを感じる。自分は何をしたらよいのか分からない。助けてください」といった手紙もあった。

駐車場に福島ナンバーの車を停めようとしたところ、駐車場の従業員から断られた人もいる。
福島県から避難してきたというだけで近所の人から「子どもを公園で遊ばせないでください」と言われ、子どもを保育園に通わせようとすると「他の保護者から不安の声が出ているので」と入園を断られた人までいる。
 東日本大震災発生後、日本人の冷静で秩序ある対応が各国で高く評価されたとのことだが、残念ながら現実には、少数ではあっても卑しく、浅ましい者たちもいる。

2012年02月24日

凧だって進化していいはずだ!!

 幟(のぼり)はもともと武士が自分たちの勢力を誇示したり、敵と味方を識別するためのものだったらしい。平安時代は長い布を風になびかせる流れ旗が主流だった。布地の長辺と上辺を竿に結び付ける、いわゆる桃太郎旗タイプとなるのは室町時代になってからという。
 黒沢明監督作品に、鮮やかな旗印を付けた騎馬軍団が登場する映画があった。現代では神社の祭礼、歌舞伎や相撲などの興行会場、商店やキャンペーンの宣伝広告などに使われている。
 雪国の自動車用の幟があったら便利だ。
 この大雪で県央地域の道路沿いには雪の山ができている。交差点の周囲にも雪山があり、左右が見えにくくなっている。出会い頭の交通事故に気を付けなければならない。左右から車が来たと分かるような、雪山越しにも見える車用の幟、ガード下や電線の下を通っても大丈夫で、着脱が簡単な幟があったら面白い。デザイン次第で格好良くもかわいらしくもなる。社名や商品名入りなら宣伝にもなる。一人でやるのは恥かしいが、みんなでやれば新しい雪国の風物詩になる・・・かもしれない。
 三条や燕にはものづくりの技術がある。
 新素材も扱っている。
 それを遊びに使おうとする酔狂な人が出てこないだろうか。
 三条名物のひとつに六角凧がある。凧は竹と和紙と糸でできている。これは何百年も変わらない。伝統は伝統として、三条には軽くて強い素材を自在に加工できる技術もある。予算さえあれば竹製より数倍優れた骨組みも作れるだろう。和紙より丈夫で軽く、風や雨に強い生地もある。これらを組み合わせれば、いま使われている六角凧よりよく揚がり、落ちても破れたり壊れたりせず、雨に濡れても平気な凧ができるのではないだろうか。
 三条や燕の技術者が本気で考えたら、スポーツカイトを超えるスピードと操作性、敏捷性を備えた新しい凧を開発できる気もする。素人考えだろうか。
 幟や凧づくりに夢中になる技術者とスポンサーがいて、毎年のように新作が発表されたら、三条大凧合戦ももっと楽しくなる。野球やゴルフだって遊びから始まり、おとなが本気でルールや道具を考え、進化し続けたから巨大なスポーツ産業になった。凧や幟が進化したっていいはずだ。

2012年02月13日

チャレンジドって?

 「チャレンジド」という言葉がある。
 鈴木守男三条市手をつなぐ育成会理事長が同会新年会で紹介した。
 「挑戦するチャンスや資格を与えられた人」が語源で、米国ではいま、「障がいを持つ人」という意味で使われているという。
 米国でも以前は障がい者を「ハンディキャップド(ハンディのある人)」「ディセブルドパーソン(能力を奪われた人)」と呼んでいた。
 これらの呼び方には後ろ向きな響きがあるのに対し、「チャレンジド」には障がいをマイナスとしてだけとらえるのではなく、障がいを持つがゆえに体験する様々な事柄を自分のため、社会のため、前向きに活かして行こうという考え方が込められているのだという。
 「チャレンジド」の普及に努めている社会福祉法人プロップ・ステーションの竹中ナミ理事長は「バリアフリー、ノーマライゼーション、ユニバーサルデザインなど多くの福祉用語が英語のまま定着しているのは、日本にそのような文化や哲学、社会システムがなく、翻訳できなかったため。チャレンジドも日本語に訳すことができない。なぜなら日本の文化は障がいのある人をまだまだ可哀想とか、気の毒という視線で見てしまい、可哀想な人に何かをしてあげることを福祉と考えているから。私たちは弱者に何かをしてあげることが福祉なのではなく、弱者を弱者でなくしていくプロセスを福祉と呼びたい」と話しているという。
 ことし七月には知的障がい者を支援する育成会、知的・身体障がい者を支援するひめさゆり福祉会(清水昭理事長)、精神障がい者を支援する青空福祉会(高野富雄理事長)の三団体が力を合わせて設置する福祉拠点施設「グッデイいきいきサポートセンター」が三条市柳沢の三条テクノスクール跡地にオープンする。
 鈴木理事長は「柳沢を三条の福祉タウンにしたいとの夢を描いている。チャレンジドにとって暮らしやすい地域は、他の皆さんにとっても暮らしやすい地域になる。だれもが安心して暮らせる素晴らしい地域を目指したい」と決意している。まさにチャレンジ、挑戦だ。