2018年12月14日

初心忘るべからず

 「初心忘るべからず」という世阿弥の言葉が600年後の今日までことわざとして残っているのは、初心を忘れやすいからだ。だれもが初心を忘れず、持ち続けているのが当たり前であれば教訓になどならない。

 河野太郎外相が記者会見で記者の質問を無視し続けた。
 日露平和条約の交渉相手であるロシアのラブロフ外相の発言の受け止め方を質問されると、仏頂面のまま「次の質問どうぞ」。
 反応をこの場でするつもりもないということかと問われても「次の質問どうぞ」。
 協議に影響を与える懸念もあるがと問われても「次の質問どうぞ」。
 なぜ?と問われても「次の質問どうぞ」。
 壊れたAI(人工知能)スピーカーのようだった。

 河野氏がまだ新人議員だった平成9年に衆院予算委員会と外務委員会で、在ペルー日本大使公邸人質事件にかかる経費について質問した。
 外務省は具体的な金額を隠そうとした。後日、河野氏は自身のブログで
 「このとき僕は外務省というのは平気でうそをつく役所だと思った。事実が外務省の得にならなければ国会に、つまり国民にうそをつく。このときから何度、外務省にきちんと正しい情報を国民に知らせ、外交政策に理解を求めよ、と言ってきたことか」と嘆いた。

 平成15年に政府のイラク政策に反対した天木直人レバノン大使を外務省が依願退職に追い込むと、河野氏は
 「外務省の隠ぺい体質は何も変わっていないではないか」と批判した。
 25年にコンゴ日本大使館放火事件が発生、三等書記官が逮捕されたときは
 「驚いたことに外務省記者クラブ所属の記者は、まったくといっていいほどこの事件を追わなかった」
 「在北京の日本大使館の引っ越しできない事件や、欧州の大使によるセクハラ事件も、外務省記者クラブはほとんどどこも追及しなかった。いったいメディアに真実を追いかけようという気概があるのか」と報道陣の取材姿勢の甘さまで批判した。

 その河野氏が外相になったら「次の質問どうぞ」だ。
 自身が批判してきた「外務省の隠ぺい体質」そのもの。
 「きちんと正しい情報を国民に知らせ、外交政策に理解を求める」姿勢などみじんもない。
 初心はすっかり忘れている。

2018年12月10日

華麗にカレー

 無性にカレーライスが食べたくなるときがある。
 昔、カレーは家庭の味だった。ほとんどの子どもはそれぞれ「うちのカレーが一番おいしい」と思っていた。
 おとなになって専門店などのカレーを食べると、様々なスパイスをふんだんに使ってプロが作った本格的な味にはまるようになる。
 結婚後、子どもができると家庭のカレーは甘口になる。ますます専門店のカレーにはまることになる。

 日本では明治5年に出版された『西洋料理指南』でもカレーの作り方を紹介しているという。
 材料はネギ、ショウガ、ニンニク、バター、エビ、タイ、カキ、鶏、アカガエル、小麦粉、カレー粉。
 当時のカレーはタイやエビ、カキなどを使ったかなり高級な料理だったらしい。不思議なのはアカガエルだ。当時は蛙肉を食べていたのだろうか。
 翌年には大日本帝国陸軍の幼年学校生徒隊食堂でライスカレーが提供されるようになり、明治41年に大日本帝国海軍が配布した『海軍割烹術参考書』にもカレーの調理法が載った。いわゆる海軍カレーだ。
 カレーは軍隊など集団の食事向きメニューなのだろう。家庭の定番メニューとなったのは戦後、固形のルーが発売されてからだ。

 家庭で食べるときはカレーとご飯のバランスを気にする必要はない。ご飯が残ったらカレーを足せばいい。
 外食だとそうはいかない。カレーだけの追加は頼みにくい。
 家庭で食べるペースで食べていくと、どうしてもカレーが足りなくなる。ご飯だけ残り、それを福神漬けで食べなければならなくなる。
 前半はかなり美味しいカレーだったのに、最後は福神漬けの味しか残らない。
 バランス良く食べればいいのだが、これが難しい。ついつい、スプーンにご飯は少なめ、カレーは多めに入れてしまう。その方が美味しいから。何事も我慢しながら計画的に進めることが苦手、後のことを考えずにそのときの美味しさを求めてしまうアホなのだ。

 全国展開しているカレー専門店では、最初にカレーの増量と頼めば有料だが、ご飯が余った場合にカレーを追加するのは無料と最近知った。
 宣伝していないサービスらしい。
 黙っているなんて、意地が悪い。 

2018年12月03日

電信柱にしみついた夜~

 三条市の市街地は電柱だらけだ。その間には無数の電線が張られている。
 三条夏まつり・凧パレードでは、大凧を通すためにあちこちの電線を押し上げなければならない。
 クモの巣のように張り巡らされた電線を醜いと感じるか、ほのぼのした印象を受けるかは個人の感性の問題だが、少なくとも国土交通省は乱雑な電線を美しいとは感じていない。無電柱化推進法に基づいて電線を地中化し、電柱を撤去する計画を進めている。

 阪神淡路大震災では倒れた電柱や電線が道路をふさぎ、緊急車両などの通行を妨げた。緊急時の通行と、通常時の交通安全を確保するためだ。とはいえ日本には約3600万本の電柱がある。これを地中化するには巨額の費用がかかる。いまは電柱を減らすどころか毎年宅地開発などによって7万本ずつ増えている。

 ロンドンやパリ、香港に電柱はない。シンガポールも無電柱化率は93%に達している。
 日本では、もっとも進んでいる東京23区内で8%、大阪市で6%、新潟県は2%にも満たない。
 日本に初めて電柱が建てられたのは明治2年、東京・横浜間で電信を始めたときだ。その後、欧米が電線の地中化を進めたのに対し、日本は敗戦後も設置費の安い電柱方式を継続。まずは戦後復興を急ぎ、次いで高度成長期の需要を満たすことを優先、地中化は「いずれ」と思い続けているうちに電柱だらけとなった。

 三条市内の無電柱化エリアは国道8号線沿線と市街地再開発を行った昭栄地区、新大橋北詰の県道沿いだけだ。
 JR帯織駅前に造成、来年4月に85区画を分譲する住宅団地でも無電柱化を検討したが、あきらめた。
 見附市は昨年9月から住宅団地を分譲しているが、無電柱化などによって造成コストが上昇、1坪(3・3㎡)当たりの単価が20万円前後となった。その結果、これまでに売れたのは74区画のうち2割以下の14区画にとどまっている。
 三条市は分譲価格をできるだけ安くするために無電柱化をあきらめ、消雪パイプの布設やラウンドアバウト(環状交差点)の設置などによって団地の魅力を高めることにした。鳥たちは三条では当分、羽休めする場所探しに困ることはない。

2018年11月19日

ボヘミアン・ラブソディ

 「オレたちはビートルズをリアルタイムで聴いてきたからね」と自慢する団塊世代がいる。
 ジョン・レノンやポール・マッカートニーの知り合いでもなければ、プロデュースにかかわったわけでもない。単にビートルズの活動時期と青春が重なっただけじゃないかと思う一方、「今週も『ヘイ・ジュード』が全米ヒットチャート第1位!」「新曲の『レットイットビー』、すごくいいね」といった感動を味わえた世代をうらやましくも感じる。
 ビートルズ解散後にその存在を知り、古典となりつつあったかつてのヒット曲を聴くのとは、感激の度合いがかなり違うのだろう。歌は世につれ世は歌につれ。自慢したくなる気持ちも分かるが、された方は面白くもなんともない。

 ビートルズ解散から3年後の昭和48年に英国のロックバンド、クイーンがデビューした。日本の音楽雑誌『ミュージック・ライフ』が高く評価したことなどもあって、米国よりも日本での人気が先行した。
 気をよくしたクイーンのメンバーたちは日本びいきとなり、ボーカルのフレディ・マーキュリーなどはたびたび女性用の和服を着た姿でステージに登場、『手をとりあって』では歌詞の一部を日本語で歌った。

 フレディの生涯を中心にクイーンの活動などを描いた映画『ボヘミアン・ラブソディ』が公開中だ。ラミ・マレックという俳優がフレディを演じているが、演奏シーンの多くにフレディ本人の歌声を使っている。ロックが好きな人は、音楽だけで十分に楽しめる。
 本編が始まる前の「二十世紀フォックス」のファンファーレからして他の映画とは違う。
 オーケストラではなくロックバージョン、それもクイーンのギラリスト、ブライアン・メイのギター演奏による独特の音になっている。
 終盤のライブエイドのシーンも圧巻だ。本物以上にクイーンっぽい4人がステージを熱演している。
 館内には『ウィウィルロックユー』をクイーンの曲と知らないまま、高校野球の応援で歌っているような世代もいた。
 そうした若者たちも音楽に感動して鼻水をすすっていた。
 「オレたちはクイーンをリアルタイムで聴いてきたんだぜ!」と言いたくなった。

2018年11月13日

まずは行動!

さまざまな理由で育児に手が回らない親がいる。貧困もあれば、自身の病気や障害もある。
 厚労省の調査によると日本の子どもの貧困率は13・9%。全体では米国より低いが、ひとり親世帯に限ると先進国最低の50・8%、2人に1人が相対的貧困に陥っている。
ひとり親が働いているため家庭でいつも1人で食事をしている子、親の手料理を食べることがないため好物を問われるとコンビニの商品名を答える子、学校行事に持参する弁当もコンビニで買う子がいる。
そうした子たちを応援したい、温かで、にぎやかな食事を提供してあげたいと思うのは人情。思うだけでなく、実践している人たちもいる。こども食堂だ。

県労働者福祉協議会などが10日に三条市総合福祉センターで開いたワーク&ライフセミナー・イン県央で三条、燕地域の5つのこども食堂が活動発表を行った。
三条市の本町六、かじまちの家でのわくわく食堂、井栗公民館でのおひさま食堂、大崎公民館でのみんなの食堂、燕市の東栄町自治会館などでのつばめ地域食堂、白山町児童館での白山町みんなの食堂だ。
それぞれ月1回程度、昼食を無料または低価格で提供している。スタッフは全員ボランティア。地域の子どもたちが参加している。

貧困や親の育児放棄などで寂しい思いをしている子全員に参加案内が届いているかどうかは分からない。プライバシー保護の問題があって、どこに困っている子がいるのか確認できないためだ。行政も守秘義務があるため、ボランティアに対しても情報提供はできない。
新潟市がプライバシー保護とボランティア支援の妥協点を探る試みを今月から始める。
市が児童扶養手当を受給しているひとり親家庭などの意向を確認し、希望した世帯だけを市民団体の「にいがたお米プロジェクト」に連絡。同団体から希望世帯にNPO法人フードバンクにいがたが提供するコメを毎月5㌔、無料提供する活動だ。
今年度はモデル的に東区の100世帯に限定して行う。
問題点を指摘するばかりで何もしないより、まず実践し、問題点を改善していく姿勢は見習うべきと思う。

2018年11月08日

さんま さんま

 「さんま、さんま、さんま苦いか塩っぱいか」は詩人佐藤春夫の『秋刀魚の歌』の一節。
 この詩は「あはれ秋風よ、情あらば伝えてよ、男ありて、今日の夕餉(ゆうげ)にひとり、さんまを食ひて思いにふけると」で始まる。
 男の心に浮かぶのは「あはれ、人に捨てられんとする人妻と、妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、愛うすき父を持ちし女の児は小さき箸をあやつりなやみつつ、父ならぬ男にさんまの腸をくれぬと言ふにあらずや」という情景だ。
 「人妻」は文豪谷崎潤一郎の妻千代、
 「女の児」は谷崎と千代の子の鮎子のことで、
 「男」は佐藤自身だ。

 女好きの谷崎は千代の妹で小説『痴人の愛』のモデルにもなったせい子に手を出し、夢中になっていた。
 離婚したばかりの佐藤は千代に同情しているうちに友人の妻を好きになってしまった。
 昔の人は道ならぬ恋をして詩をつくり、文化勲章をもらった。
 現代人は道ならぬ恋をして週刊文春のネタになっている。


 なぜ『秋刀魚の歌』なのだろう。
 『鯵(あじ)の歌』や『鯖(さば)の歌』『鰯(いわし)の歌』ではダメだったのだろうか。
 「さんま、さんま、そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて」を「あじ、あじ、そが上に」とした場合、塩焼きを急いで食べ過ぎて舌を火傷してしまったように誤解されるかもしれない。
 「さば、さば」ではさばさばし過ぎて人妻への恋心が伝わらない。「『鯖の歌』を読む」を略して「さばを読む」となったら、文字数や年齢をごまかしているみたいだ。
 「いわし、いわし」では「いわしの頭も信心から」が思い浮かび、禁断の恋などくだらないと思えてくる。

 「さんま、さんま」と続けてあの細長い姿が思い浮かぶから、もの悲しさが伝わるのだろう。
 あじやいわしでは均整が取れ過ぎていて男一人の食卓のわびしさが感じられない。
 細長ければいいというものでもない。
 「うなぎ、うなぎ」ではギトギトした欲情が出過ぎて嫌らしくなる。
 やまり「さんま」なのだ。

 でも、この詩の舞台は大正時代の東京。平成最後の新潟の晩秋にさんまを食べたら、それも新米と一緒に食べたら「うめー!」。
 もの悲しくもわびしくもならず、うれしいだけだった。
 詩人にはなれない。

2018年10月31日

生徒会長、多数派は女性

 個人的な印象だが、小学校の児童会長は「良い子」、中学校の生会長は「できる子」、高校の生徒会長は「真面目な子」というイメージがある。
 小学校の児童会長には先生の評価が高くて成績も性格も良い子が選ばれる。
 中学校の生徒会長は先生よりも生徒の評判が良い子が選ばれる。
 高校は友だちの推薦を断り切れないタイプがなる場合が多い。
 偏見かもしれないけれど。

 中学校や高校の生徒会は生徒の投票によって会長を選出する。
 以前は男子の会長が多かった。女子の会長は珍しかった。
 いま三条市内9つの中学校のうち第一中、第二中、第三中、第四中、本成寺中、栄中の6校で女子生徒が生徒会長を務めている。
 男子の会長は大崎中、大島中、下田中の3校だけだ。
 大崎中も過去4年間は女子が会長で、男子が会長になったのは5年ぶり。大島中では昨年、下田中でも3年前は女子が会長だった。
 生徒会長だけでなく、体育祭の応援団長なども女子という学校は多い。性別を特に意識せず、チームや生徒会をまとめ、リードしていくことができる生徒を会長に選んだ結果が女子だったということらしい。

 性差別撤廃に関して日本は遅れているとの指摘がある。
 政府は平成11年に男女共同参画社会基本法を施行し、社会のあらゆる分野での男女共同参画の実現を目指しているが、先日も東京医科大学が入試で女子と4年以上の浪人生の点数を減額していたことが明らかになるなど、性差別は依然として存在している。
 医学界だけではない。政界、官界、産業界などでも女性の進出は遅れている。

 かつて日本の女性は家にいて家事全般を引き受け、親を含めた家族の面倒を見続けるという生活が当たり前だった。女性は家族に尽くす存在だった。
 核家族化が進み、共働きが増えると、家事を手伝う夫が増えた。
 若い世代は料理、洗濯、掃除いずれも夫婦で分担するのが当然となっている。
 いまの中学生たちが社会に出て、家庭を築くころには性別にこだわらず、外で働きたい方が外に出て、家にいたい方が育児休暇を取得して子育てに専念する世の中になるかもしれない。

 中学校の生徒会を見ていると、主婦も主夫も珍しくない社会がすぐ近くまで来ているように思える。